神保町花月「僕を忘れて」

神保町花月『僕を忘れて』
脚本:遠藤敬
演出:佐野崇匡
出演:井上マー/あべこうじ/伊藤真奈美(劇団THEフォービーズ)
吉武遥((株)プラファー)/LLR/来八/フルーツポンチ/土居美知子
ブラックマン/はっぱ/ササラモサラ/南国姉妹
あらすじ(公式HPより)
人のために作り
人のために歌い
人のために汚れた
彼の声に、行動に何人もの人が救われた
優しさ、思いやり、愛、勇気を持った若者
1人のカリスマアーティストが全てを捨て、人のためにした
最後の勇気ある行動とは

ファンダンゴで流れるだろうに、壮大なネタバレをしているので・・・。
お話としては、カリスマミュージシャンが不慮の事故でこの世を去った。しかしミュージシャンには伝えなければならないことが。自分の葬儀会場で出会った、なぜか死んだはずの自分が見える男、元と出会いみんなに伝えてもらう。「僕を忘れて』と。
お芝居を見終えて、まず驚いたことはこの話を書いたのがあの遠藤さんってことですよね。誉時代を知り、自分の中では「遠藤敬=キチガイじみたコント師」だったので(笑)直球の良い話にびっくりしました。とてもシンプルで悪者が一人も出てこないこの話は好きでした。これまではダントツの「MOMO−TARO」信者でしたけれども(笑)、これからはツートップです。


何はともあれ今回の座長、井上マーさんですよ。「MOMO〜」の時の名バイプレイヤーぷりから一転の、ゆるぎない主役然とした佇まい。こんなに隅から隅まで完璧な人間なんてと感じられるところが合ってもおかしくないはずなのに、嫌味にもわざとらしくも感じさせないマーさん自身の人柄がこの芝居の鍵だったなと。このナチュラルなカリスマ性が無ければ、芝居として成立しないってものすごく難しいことだと思うのに、OPのライブのシーンで、あっという間に人を惹き付けるのは凄いなと。お芝居が巧いから、矢島や今泉を良い方向に導いていく様も不自然じゃなかったし、アーティストとして人々に希望を与え、死んでもなお影響を与え続ける。自分の死のせいで多くの命が消えないためにはこれしかないと自ら「汚れる」ことを選ぶ圭吾の行動が、なんら違和感を感じないものになっていたのは本当に素晴らしいのひと言。個人的に好きだったのは、自分の死の一因でもあるナオキを責めるでもなく「俺よりも凄いミュージシャンになれるんだから」と、言葉をかけるのに涙が止まらなかったです。


あべさんは、登場時の空気の持って行き方が尋常じゃなく凄い。若干前半の芝居がもったりしているなぁなんて思っていたんですけれども、「元」が絡んでからの芝居のノリ方は凄かったです。あの一瞬でひきつける存在感はなんでしょう。泣ける芝居と笑える芝居のコントラストが素晴らしい。何度目に溜まりに溜まった涙が元の言動でボロッと溢れたことか。カーテンコールであべさん自身もおっしゃってましたけれども、とても元って難しい役だと思うんです。圭吾と打ち解けたかと思ったらまた自分の殻に閉じこもったり、積極的になったかと思ったら消極的になったり。それが違和感無く、元という人間が生きてきた過去・過程が見えるように演じているのが本当凄いなぁと。元の大切な存在である妹と圭吾の関係を知り、圭吾と圭吾の大切な人たちとの架け橋になると決心するくだりが凄く好きでした。
MOMOと今回の芝居を見て、ますますがっつりあべさんが主役を張る芝居をみたいなぁとも思ったんですが、あべさんの演技スタイルからすると適度に遊べて、おいしいところを根こぞぎ掻っ攫うポジションがとてもはまっていると思うので、これからも2番手3番手に名前が連なることを期待したいと思います。


フォービーズの女優さんの伊藤さんは、完全なる初見でこんなに好きになるとは。MOMOの水野さんのときも思ったんですけれども、一人演劇畑の人が加わるだけでこんなに芝居がしまり且つ、芸人さんとのコントラストが心地いいものになるかと。『圭吾らしくていいと思います』という台詞、カーテンコールでは「イッライラする」と芸人間では不評の嵐だそうですが(笑)*1、圭吾と凛呼の二人の会話が敬語で交わされているのが微笑ましくて大好きでした。圭吾が死んだ後にひとりで、最後に圭吾と待ち合わせレストランで本を読んでいる姿が、切なくて悲しくて。最後に圭吾から指輪をはめてもらっているときの顔が、座席の関係上見えなかったのが残念でした*2。彼女を見るためだけにフォービーズの本公演を見に行こうかと思うくらいでした。良い女優に出会えた。


LLRの伊藤さんとフルーツポンチの亘さんは基本二人で一組で。普段ツッコミであるお二人が終始きゃっきゃしながらボケてる姿にほっこりしました。圭吾への愛を、大袈裟なくらいの泣きじゃくりで表す伊藤と小久保が、普段の芝居で見せられたら覚めてしまうだろうにこの二人の人柄でカバーしていたなぁっと。特に亘さんは普通にお芝居が上手で、普段のコントのときでも村上さんの突飛なキャラクターに翻弄される役回りなために目立たないけれども上手な人だなと思っていたので、前回のクリープではもったいないと思っていました。だから今回結構がっつり目に芝居が見られて良かったなと。


LLRの福田さんは本当においしい役どころで。OPで、ヒゲ面を見たときはどうしようかと思いましたけれども。慣れるのに若干の時間がかかりました。服装もいつもの福田さんからは想像出来ない感じだったので。でも彼の一番の持ち味である「胡散臭さ」が存分に発揮でき、それがお芝居としてもいいアクセントになっていたなぁと。LLR単独ライブでの「福田花月」の時は若干どうしてくれようなんて思ったりもしましたけれども、よかったです。一生懸命話しているのに、基本「話が長くなりそうな顔をしている」と聞いてもらえないとか。その割には最終的に「クマの足長おじさん」の正体だったりして本当おいしかったなと。個人的には、圭吾と元に「お帰り、ヒーロー」と言われたときの、まんざらでもないしたり顔がたまらなく良かったです。次は12月の座長公演ですか?これこそ本当の『福田花月』。


来八の小林さんは本当にはまり役というか、もともと男前なのでミュージシャンがさまになっていたんですが、それに加えて「女と金にだらしない売れないバンドマン」ぽさが絶妙で。これって褒めてますよね、褒めてます。ナオキの土下座には自分のせいで、慕っていた人を死なせてしまった後悔の念と、彼の周りの人たちへの謝罪の念がこっちに伝わってくるものでした。こんなに気持ちの伝わる土下座は初めてです。


フルーツポンチの村上さんは完全にアクセント要員で。でもおいしかったなぁ。1度目の登場はあまりの本編への関わらなさに暗転後思わず「これいるか?」とひとりごちてしまいましたが。今の村上さんが要求されるのがこのキャラクターって言うのは理解できますが、せっかくのこの演技力を次回は、がっつりと役作りをした上での芝居でみたいなと。


ここから完全自己満足。
・OPで芝居は決まる。やっぱり芝居畑の演出家の時のオープニングは秀逸。今回も、このオープニングでぐっと引き込まれた。
・「ワタシハミスオカチマチデース」
・小久保と矢島の写真の取り合いで、自我が崩壊する矢島。ここかなり好きです。
・「あなたならトラにでもライオンにでもなれる」
・ナオキ「今のこの痛み、少ししたら忘れちゃうんです」
・ビデオレターのノリツッコミのくだり、MOMOも桃のくだりを彷彿とさせます。
・凛呼「圭吾のこと信用しているから、無理に会おうとしなくて良いよ」
 凛呼「圭吾らしくていいと思います」
 「聞いてくれますか?」「はい」
 「凛呼の為に作った歌だけど、みんなに聞かせてあげても良いですか?」
・圭吾の転落+凛呼の悲鳴+暗転であんなにまで胸が締め付けられるとは。
・葬儀のシーンが本当に辛くて見てられない。
・元「喋っている人の声、聞こえるタイプだからー」
・華麗な元の2度見
・香典泥棒の上で回転した後に「生まれましたー」@元
・服を着替えたことにより、圭吾が見えなくなるという伏線からの指輪。
・元「お母さんにも昔言われたー」
・凛呼と今泉のシーン。捏造の事実を詫びる今泉を、受け入れ「長くなりますよ」と圭吾との思い出を聞かせる凛呼に圭吾が惹かれる理由を見た気がする。
・圭吾「お前は生きているくせに死んでいるよ」で涙が溢れて止まらない。
・パイプイスにじゃれる3人。その3人で遊ぶ元。
・凛呼への最後の言葉をたっぷりの愛情をこめて発する圭吾と、子供のような口調で伝える元のコントラストが涙を誘う。
・元「今のは僕のありがとう」
・指輪が元の手元を離れた瞬間から、圭吾が見えなくなることによってわかった「鍵は指輪」。そのことにより凛呼にも圭吾が見えると思ったら、そりゃ涙は止まりませんよ。そして凛呼に自分が見えているとわかったときの圭吾の表情がたまらなく素晴らしかった。そして圭吾は見えなくなったものの、凛呼を見つめる元の表情が圭吾にであったときには考えられないほどのやわらかい笑顔でこれまた胸が締め付けられるようだった。
・『時には監視、時には誘導。警備しちゃうぞ!』


素敵な芝居にまたひとつで会えたことに感謝。

*1:確かにカーテンコールで、福田さんが「伊藤さんらしくていいと思います」と言った時は、イッライラしましたから(笑)

*2:その二人を見守る元の表情でなんとか脳内補填しておきましたけど